神戸地方裁判所 平成5年(む)20100号 決定 1993年4月20日
主文
本件を京都地方裁判所に移送する。
理由
一 本件請求の趣旨及び理由
本件請求の趣旨は主文と同旨であり、弁護人高田良爾、同高木清連名作成の事件移送申立書及び上申書二通によると、その理由の要旨は、被告人は大麻取締法違反で神戸地方裁判所に起訴され、第一回公判は平成五年四月二三日午前一〇時三〇分に指定されているが、事件の関係者であるAことBとCは京都市に住み、DことEも京都市に住む予定と聞いており、それ以外の関係者も全て京都に在住しているから、証人の出頭確保のためには京都地方裁判所で開廷されるべきである。本件については、かねて本年三月二日付けで被告人が同旨の請求をしたが、神戸地方裁判所は、E及びBが同地方裁判所で勾留の上公判中であること、神戸と京都とは距離的に遠くないことを理由にこれを却下し、即時抗告も棄却されたが、その後右両名について執行猶予の判決がなされ、これらの事件は終了した。また、京都と神戸は電車の乗り継ぎの時間をいれると二時間を要する距離であることを考慮すべきであるというのである。
二 これに対する検察官の意見の要旨は、本件の審理については、当面検察官側証人の取り調べが予想されるところ、その予定者は多くは京都市在住者であるが、これら関係者も神戸地方裁判所に公判が係属していたもので、その記録も神戸地方裁判所または神戸地方検察庁にあり、これらを含めた全事件を捜査処理したのは同検察庁であり、事件の全容を熟知していること、証人は京都での出張尋問も可能であり、弁護人らや証人の負担はある程度解消できること、被告人は神戸拘置所に勾留中であり、京都への押送の負担も考え、本件は現に係属している神戸地方裁判所で審理するべきである。京都、神戸間の距離等は、弁護人らの防御活動を著しく阻害するほどのものではないというのである。
三 検討するに、刑事訴訟法一九条一項の事物管轄を有する裁判所間の移送については、請求に基づき適当と認めるときはこれをすることができるものとされているが、同条三項の即時抗告の理由についての規定を参酌すると、移送またはその却下の決定によつて検察官または被告人が著しく利益を害されるかどうかをも考慮しておくべきこととなると考えられる。
そして、調査すると、本件は、被告人がEと共謀の上、京都市内において大麻樹脂をBに譲渡したという公訴事実により起訴された事件であるところ、被告人は同市内に居住するけれども、起訴当時神戸水上警察署に勾留されており、現在地の管轄により神戸地方裁判所に起訴されたとみられること、Eは被告人との共謀により右譲渡をした旨の公訴事実、Bはその譲り受けの公訴事実により神戸地方裁判所にそれぞれ起訴されたほか、本件大麻樹脂の一部をBから譲り受けたとされるCもその公訴事実で神戸地方裁判所に起訴され、先の移送請求当時EとBはいずれも勾留の上審理中であつたが、先に審理されたCを含め、その後現在までにいずれも執行猶予判決を受け、釈放されて、Eを除き京都市に居住していること(Eについては、当裁判所が審理したもので、同人はかねて京都市に在住していたが、現在の住居は判明しない。)、なお弁護人らはいずれも京都在住であることなどを認めることができる。
そして、JR京都駅からJR神戸駅までの乗車時間は一時間程度でも足りるが、京都市内から神戸地方裁判所に出頭するについては、出発の地点や乗換の都合によつては二時間程度の時間を要することがあり得ることは、公知の事実ということができる。
また、検察官側としては、前記の者の事件を担当した神戸地方検察庁の検察官が本件の公訴を追行することが、事務処理上効率的であることを推察することができ、被告人が在監している神戸拘置所から、京都地方裁判所へ公判の都度押送するとすれば、その事務負担も無視できないことになると認められる。
これらの事情から、いずれの地で審理することが適当であるかを検討すると、もともと本件の犯罪地、被告人の住所、居所は京都市であり、起訴当時勾留されていた現在地により神戸地方裁判所に起訴されたにとどまるとみられること、先の移送請求時には、証人となる可能性のある者の多くがまだ神戸地方裁判所で審理中あるいは神戸で勾留中であり、その取り調べについては、神戸地方裁判所に喚問することが便宜であるという状況があつたけれども、これらの事件はすでに終了し、右の状況は変化しており、証人の可能性のある者のうちBとCは京都市内に居住していて、京都地方裁判所で取り調べることが便宜であるとみられること、なお弁護人らも京都在住で、京都地方裁判所での審理を希望していること、被告人が住居地や犯罪地ではなく、勾留された地で起訴されたことはやむを得ないが、通訳を要する外国人であることからすると、できれば家族や弁護人の所在に近く、接見や防御の準備上便利とみられる住居地の裁判所で裁判を受けることについて、普通以上に利益を有していると考えられることなどをかれこれ考慮すると、現状においては、京都地方裁判所に事件を移送するのが適当であると考える。
これに対し、公判のための被告人の押送の負担の点は、京都への移監により解消できるのではないかと考えられるし、証人不出頭などの場合、これを出張尋問の形で取り調べることは不可能ではないが、当初から出張を予想しておくこともこの場合妥当ではないと思われる。
ただ、検察庁側の事務処理の効率の点は、一応理解できるけれども、被告人が住居地に近い裁判所で裁判を受ける利益や、証人等に関する前記のような便宜等と対比するときは、その他主張の点に照らして検討しても、この移送によつて、検察官側が著しく利益を害されると評価すべきものとは考えにくい。
よつて、刑事訴訟法一九条一項により、主文のとおり決定する。
(裁判官 加藤光康)